• 乗西寺
  • 乗西寺
  • 乗西寺
乗西寺 寺報

2014年夏 第52号
つなぐ

『いちえふ』をわすれない


先日、鎌田賞さん (諏訪中央病院名誉院長)と対談した。鎌田さんは東日本大震災が起こった時、すぐに福島県の南相馬の病院支援に入られたという。それから継続的に東北へ行かれ、3年経った今、東北の人たちは口々に「もう私たちは忘れられているのでは…。忘れないでほしい」 といわれている。ボランティアでなくていいから、遊びに来てくださいと念を押されたそうだ。『いちえふ』という言葉をご存知だろうか。lFとは、福島第1原子力発電所の通称で、原発の作考具や住民はフクイチでなく「いちえふ」と呼ぶ。その原発の収束作業に携わっている姿を描いたマンガが『いちえふ』。そこでの労働状況を、決して声高くでなく淡々と描いている。私は破砕されたタービン建屋やタンク、倒壊した送電塔などが精密に描かれた絵 に引き込まれ ながら一気に読んで しまった。作業員たちはマスコミやメディアの報道する「フクシマの真実」にうんざりしながら、放射線量をチェックしつつ働いている。 人間はどこかで生活していかなくてはならない。そこがどんなに汚染されていても….作業員の多くは地元の人々なのである と語っている。私も「この国の伝統の中から、わたりあう力を探し」持ちたいと思いながら、

死によって〈いま〉と切り離された故人が、生きた」という言い方一つで、遺族の〈いま〉と接続する

高村薫 たかむらかおる 『作家的覚書』



作家の高村薫さんが“「生きた」と「死んだ」"というコラムで書いている言葉です。人の死は思いがけず、突然にやって来ます。6月下旬のある夕方、 義姉から「夫がスーパーの駐車場の車の中で亡くなっていた」という訃報がありました。
いまから警察署に行くので、後のことは頼みますとのことでした。私と坊守は信じられない気持ちで、とりあえず常滑に向事にしました。 自宅の部屋に入ると、義兄の遺体の前で、家族が神妙にすわっていました。 義兄は早朝、ワールドカップを観戦しながら、胸 (心臓)が痛いと訴えていたという。義姉と息子は「医者に行きなさいよ」 と言葉をかけて、仕事に出かけたのです。
夕方、こんなことになるとは……そこにいた誰もが信じられない信じたくないと体全体で訴えていました。

「生きた」という過去形は当然「死んだ」という意味を含んでいるが、
「生きた」と「死んだ」では受ける印象が大きく違う


私と義兄との30数年のかかわり、子ども達を笑顔で受け入れ、海で魚取りをしてくれた姿、 孫を抱きながら上手にあやす天性の子煩悩、ビールー辺倒の楽しいお酒、 それでいて真面目で事務能力には長けていました。 お通夜、お葬式、骨あげ初七日のお勤めをしながら、 まだ私のこころは「生きた」ではなく「生きている」 しか思えませんでした。四十九日の忌明けまでお参りをしながら、 私は義兄を「死んだ」ではなく「生きた」と捉える発想の転換があるのでしょうか。

亡くなった方を憶 おも (孟蘭盆会) うらぼんえ
私たちは、 元気な時はあまり死を考えませんが、 身近で大切な人が亡くなると初めて死を意識することになります。
その故人が還ってくるのがお盆 といわれています。それが、仏事となり、しきたりとなったのが「お盆」です。
亡くなった方に思いを馳せながら、「いのち」のつながりの中で生「いのち」のつなが りの中で生きている私に気づき、
いまの自分を 「死」のほうから見つめなおす大切な機会です。ぜひ、ご家族や友人とともにお寺に、お墓に、納骨堂にお参り下さい。


お盆法要
8月 10日(日)午後4時半~

お勤めとピアノ演奏会
(パンと飲み物があります)

スイスから里帰り
ピアニスト 松浦弥奈子さん